愛しかなくてやばい

競馬のことを書きます

ヴェルデグリーンという馬のこと

死ななければ、今の私はないのかもしれない。と思うことがある。

 

大がつくほど好きな馬が現役中に死ぬのは、その馬で2回目だった。1回目はサイレンススズカ。初めて好きになった馬だった。

 

サイレンススズカの死は私の中で、暗く悲しいものであった。当時小学生だった私は、大切にしていた宝物が割れてしまったかのように、しばらく思い出しては泣いていた。地面に散らばった欠片は、そっと土に埋めた。あなた以上の馬なんて、きっといない。そう思った。

 

中学、高校は部活に明け暮れ、高校卒業後すぐに働き始めた。知らない場所での初めての一人暮らし。結婚をし、子供が生まれ、仕事と子育てで大忙しの日々。競馬のことなんてすっかり忘れていた。

 

そんな平穏でぬくぬくとした生活をしていたとき、あの東日本大震災が起きた。職場も被災し、生まれ育った家も、知り合いも亡くした。ここの詳細については省くけれど、こんなに苦しい日々が来るなんて、全く想像ができなかった。生きているのに苦しい。でも、死ぬわけにはいかない。何も楽しくない。何か息抜きになることがあればいいのに、そう思ってはため息をついていた。

 

「大人になったんだし、血統の本でも見ながら馬券でも買うか」。たまたまやっていた競馬中継で、私はふとそう思いたち、馬券購入者としてまた競馬を見ることにした。ギャンブルとしての競馬だった。血統を見て、コースの状態を見て、データとして馬を見ていただけだった。2013年のオールカマーを見るまでは。

 

私はあの日、馬券にすごく自信があり、1番人気のダノンバラードから馬連を買っていた。しかし、私の目に飛び込んできた馬は、私が「掲示板まででしょ」と読んでいたヴェルデグリーンだった。人気薄が勝つことは今までも何度も見ていたのに、なぜだかその日、「私、この馬と騎手のこと好きだな」と感じた。当時、鞍上の田辺の顔はよく分からなかったし、何者なのかも分かっていなかった(写真を見ても、ふーんみたいな感じだった。笑)

 

正体不明の騎手とヴェルデグリーンという馬。サイレンススズカを好きになったときと同じような高揚感があった。どんなレースを見せてくれるんだろう、という期待。いろんな大きいレースにも出て、人気がそんなになかったりもしたけど、私はそれでもヴェルデグリーンが1番だと思っていた。AJCCは誰より先にガッツポーズした自信がある。見た目もかっこよくて、いい馬に出会えたなって思っていたし、大きいところを勝ってほしい、いや勝てる、と思っていた。

 

ヴェルデグリーン急死」。あれは、まさに青天の霹靂だった。全身癌と聞いてもピンと来ず、つい先日まで走ってたヴェルデグリーンしか思い浮かべることができなかった。また、好きな馬が死んでしまった。また宝物が割れてしまった。私はバラバラになってしまった欠片をじっと見つめていた。

 

なんでヴェルデグリーンなんだろう、どうして周りは気づかなかったんだろう。厩舎が悪いんじゃないか、と正直なところ少し思ったりもした。でも、相澤先生のコメントを見たとき、「この人が1番辛かったんだな、辛いだろうな」と感じた。初めてG1を獲らせてくれたウメノファイバーの孫だというのを知るのは、もう少し先のことだった。でも短いコメントの中が私の頭から離れなかった。

 

ーー私がこの厩舎を応援していかなくては。

その使命感が一体どこから来るのかは分からなかった。が、ぼんやりと相澤厩舎を応援した。ヴェルデグリーンが亡くなった次の年のAJCCまでぼんやりと応援していた。相澤厩舎のクリールカイザーに田辺。何かあるんじゃないかとは思っていたけど、まさか勝ってしまうとは夢にも思わず、ゴールする前に私は声をあげて泣いた。ヴェルデグリーンだな、と感じたからだった。クリールカイザーだってもちろんいい馬だ。だから、きっとヴェルデグリーンが、お前たちで頑張っていけよと背中を押してくれたんじゃないかと、その時に思った。それは今でもそう思っているし、私だけじゃなかったんだ、と相澤先生のコメントを見てまた泣いた。競馬を見て、勝ったことが嬉しくて泣いたのは初めてだった。

 

ヴェルデグリーンが死んでしまって、私には何も残らなかった。と思っていたけれど、相澤先生のあたたかさや、「弔い合戦だね」なんて臨んだ舞台で有力馬を差し置いてあっさり勝ってしまう田辺のかっこよさ、そして、いつかデビューしていくであろう、ヴェルデグリーンの弟や妹、そして相澤厩舎のまだ知らないけれどきっと素敵な馬たちとの出会い。私はまだまだ続きを見ていいんだなと、そのときに思うことが出来た。もう宝物を土に埋めなくてもいい。

 

あのAJCCで背中を押されたのはクリールカイザーだけでなく、私もだったなと思う。鮮やかな緑を見るたびに、今でもあなたを思い出すよ。ありがとう、ヴェルデグリーン